2022年9月24日
私共は、蜂窩織炎を予防するべく、医学的な研究を進めて参りました。今回、LVAと保存療法治療における、蜂窩織炎予防効果を無作為化比較試験にて検証しました。結果として、LVAと保存両方共に蜂窩織炎の予防効果はあるのですが、LVAの方が、より蜂窩織炎予防効果が高いことが証明されました。蜂窩織炎で悩まれている患者さんに関しては、LVA実施をご検討ください。尚、今後も私共が実施してきた研究の成果に関しては、公開します。
以下、研究詳細を記載致します。
【タイトル】 リンパ浮腫患者の蜂窩織炎発生抑制に関する、リンパ管静脈吻合術と、複合的理学療法の無作為化比較試験
【Introduction】
リンパ浮腫は、何らかの原因でリンパ管機能に障害がおこり、皮膚や皮下組織にリンパ液が貯留する疾患で、現在のところ根治させる治療法はない[1]。癌治療後に後遺症として発症することが知られており、乳癌後には上肢リンパ浮腫、子宮癌や卵巣癌の後には下肢リンパ浮腫が発症する。また、明らかな原因のない原発性リンパ浮腫や、フィラリア感染症の症状としてリンパ浮腫が出ることもあり、世界で1億2000万人のリンパ浮腫患者がいると推定されている[2]。
リンパ浮腫の患肢では蜂窩織炎が発生しやすいことが知られており、患者のQOLを低下させる要因の一つである[3]。特に、下肢リンパ浮腫に伴う陰部リンパ小疱がある場合、蜂窩織炎の頻度は高くなる[4-6]。年間20回近い蜂窩織炎が起こり、社会生活が難しくなってしまう患者もいる。リンパ浮腫患者の蜂窩織炎は、通常の蜂窩織炎と異なり、発症して1-2時間で急激に悪化したり範囲が拡大したりして、38~40度の発熱を伴う。時に敗血症や壊死性筋膜炎に発展することもある[7]。患者は蜂窩織炎の発生を恐れて、就労、旅行、運動などが難しくなり、自宅にこもりがちな生活になる。
これまで、蜂窩織炎の予防方法として、複合的理学療法(CDT)、圧迫療法、脂肪吸引術、血管付きリンパ節移植術が報告され、いずれも効果的であることが示唆されている[8-14]。われわれが以前に行ったprospective studyでは、リンパ浮腫患者に対してリンパ管静脈吻合術(lymphaticovenous anastomosis; LVA)を行い、術後には蜂窩織炎の頻度が低下することを報告した[15]。LVAは、患肢にあるリンパ管を近傍の静脈に吻合することで、うっ滞したリンパ液が静脈を通ってドレナージされるようになる手術である[16-18]。手術には顕微鏡を用い、高度なsupermicrosurgeryの技術が必要であるが、局所麻酔で施行できる、低侵襲な手術である[19]。しかし、リンパ浮腫に伴う蜂窩織炎の予防法についてはエビデンスが少ないのが現状である。
今回我々は、下肢リンパ浮腫の患者をLVAおよびCDTを行う群とCDTのみを行う群にランダムに割り付けして、randomized control trial (RCT)を行った。この研究の目的は、下肢リンパ浮腫に伴う蜂窩織炎に対する、LVAによる予防効果を明らかにすることである。
対象患者
2017.1~2017.12に埼玉県済生会川口総合病院 リンパ外科・再建外科を初めて受診、または2018.2~2019.9にJR東京総合病院リンパ外科・再建外科を初めて受診した患者を対象とした。
inclusion criteriaは下記の通り。
・二次性下肢リンパ浮腫と診断された患者
・すでに3ヶ月以上保存療法を行っている患者
・問診に答える能力があると判断される患者
・本試験の参加にあたり十分な説明を受けた後、十分な理解の上、患者本人の自由意思による文書同意が得られた患者。
・患者が未成年者の場合、5)に加え、患者保護者も十分な理解の上、文書による同意が得られる場合。
exclusion criteriaは下記の通り。
・術後経過観察期間が6ヶ月未満であることが予想できる患者
・心不全、腎不全などによる浮腫が合併している患者
・試験分担医師が不適当と判断した症例
includeされた患者を、LVA群とCDT群にランダムに割り付けた(割り付け方法は後述する)。
【結果】
Analysis
まずFAS解析の結果について述べる。Primary outcomeである6ヶ月間の蜂窩織炎の発生回数はLVA群で-0.57回、CDT群で-0.21回であった。その差は-0.35回(95%信頼区間:-0.62 to -0.09)で、Welch’s t-testの結果、蜂窩織炎予防効果はLVA群で有意に高かった(p=0.010)。
Secondary outcomeである患肢の周径については、いずれの群でも6ヶ月後の評価時に減少を認めていたが、LVA群とCDT群で有意差を認めなかった。患肢の硬度は、いずれの群でも減少しており、患肢がやわらかくなっていることを示していた。大腿内側近位と大腿内側遠位、大腿外側近位では、CDT群よりLVA群の方が有意に硬度が低下していた(p = 0.007, 0.011, and 0.031, respectively)。
次にPPS解析の結果について述べる。Primary outcomeである6ヶ月間の蜂窩織炎の発生回数はLVA群で-072回、CDT群で-0.11回であった。その差は-0.60回(95%信頼区間:-0.94 to -0.27)で、Welch’s t-testの結果、蜂窩織炎予防効果はLVA群で有意に高かった(p=0.001)。
Secondary outcomeである患肢の周径については、いずれの群でも減少を認めていたが、LVA群とCDT群で有意差を認めなかった。患肢の硬度は、いずれの群でも減少していた。大腿内側近位、大腿内側遠位、大腿外側近位では、CDT群よりLVA群の方が有意に硬度が低下していた(p = 0.036, 0.014, and 0.038, respectively)。
有害事象
LVA群では有害事象を認めなかった。CDT群のうち4人で弾性着衣による接触性皮膚炎を認め、ステロイド軟膏で改善した。χ二乗検定の結果、有害事象発生率はCDT群において有意に高かった。
【考察】
今回の研究では、LVA+CDTを行った群(LVA群)とCDTのみを行った群(CDT群)で蜂窩織炎の予防効果を比較し、LVA群の方が有意に効果が高いことが示された。また、副次的アウトカムとして患肢周径と硬度も評価しており、患肢周径については両群で有意差を認めなかったが、大腿内側の硬度についてはLVA群で有意に低下していた。
Webbらは、慢性的な下肢浮腫と繰り返す蜂窩織炎のある患者に対して、圧迫療法を行った群と行っていない群のRCTを行い、圧迫療法による蜂窩織炎の予防効果があることを報告した[8]。Negussieらは、リンパ浮腫患者にCDTを行う群と行わない群でRCTを行い、CDTを行った群の方が蜂窩織炎頻度が低かったことを報告した[9]。Olszewskiらは、Long-Term Benzathine Penicillinがリンパ浮腫に伴う蜂窩織炎を予防することを報告した[10]。また、Daiらは、Access to Specialistsが乏しいリンパ浮腫患者では蜂窩織炎の頻度が高いことを報告した。外科治療に関しては、Karlssonらが、脂肪吸引とcontrolled compression therapyを行うと蜂窩織炎の頻度が低下することを報告した[11]。Sharkeyらはreviewの中で、LVA、lymph node transfer、脂肪吸引、Charles’ procedureなどの外科治療が、リンパ浮腫に伴う蜂窩織炎を予防することを報告したが、同時に、現状ではhigh quality randomized controlled trialがないことも指摘していた[13]。このように、リンパ浮腫に伴う蜂窩織炎の予防法としてさまざまなものが報告されているが、外科治療のエビデンスが低いのが現状であった。
このような流れから、われわれは今回、LVA+CDTを行った群とCDT単独の群でRCTを行った。今回の研究に参加した患者はいずれも3ヶ月以上のCDTをすでに行っている患者であった。CDTにも蜂窩織炎の発生予防効果はあるため、蜂窩織炎が頻発している患者はまずはCDTを3-6ヶ月程度行い、蜂窩織炎の予防を図るべきである。しかし、CDTだけでは蜂窩織炎が抑制できないcaseも少なくない。今回の結果から、LVAの方が蜂窩織炎の発生予防効果あることが示されており、CDTを行っても蜂窩織炎が発生し続ける場合は、LVAを勧めるのがよいと考えられる。但し、CDTが蜂窩織炎の契機になる場合や、リンパ小胞が存在している場合に関しては、十分なCDTを行っていない状態であっても手術を行うことを検討してよいと思われる。
副次的アウトカムである周径については、いずれの群でも減少していたが、LVA群とCDT群で有意差はなかった。硬度については、いずれの群でも低下しており、介入によって患肢がやわらかくなっていたことが示された。LVA群とCDT群で比較すると、大腿内側や大腿外側近位の硬度はLVA群の方が有意に低下していた。今回対象となった患者のほとんどは骨盤内リンパ節郭清を受けており、多くの患者でリンパ浮腫の症状が最初に発生するのは大腿内側である。骨盤内リンパ節郭清の影響をもっとも直接的に受けやすいのがこの箇所で、対症療法であるCDTよりも、リンパ流出路を再建するLVAの方が効果が得られやすいと推察された。
今回の研究では、LVA群よりもCDT群で有害事象が有意に多い結果となった。今回認めた有害事象はいずれも弾性着衣による接触性皮膚炎で、圧迫療法の強化を行った患者がLVA群で8人、CDT群で26人と、CDT群に多かったことによると考えられる。圧迫療法はリンパ浮腫の標準治療であり、高い効果が得られるが、新規導入時や変更時には弾性着衣の生地による接触性皮膚炎やMDRPU(Medical Device Related Pressure Ulcer)が生じる可能性がある[30]。今回の研究中に起こった接触性皮膚炎は軽度で、軟膏治療で軽快しているが、今後も注意が必要である。今回LVAに関する有害事象は生じていないが、創離開、長期のリンパ漏、薬剤アレルギーなどが生じる可能性はあり、十分に注意しながら実施する必要がある。
今回の研究の限界として、フォローアップ期間が6ヶ月と短いことがあげられる。蜂窩織炎が頻発する患者は早くLVAを受けることを希望することが多い。また、そのような患者がCDT群に割り付けられた場合、医療倫理的配慮からも、蜂窩織炎の発生を抑制できるとされているLVAを実施せずにCDTのみで長期間経過をみることが難しいため、長期的な研究デザインが難しいのが現状である。今後、さらに研究デザインの工夫によって長期フォローを含む研究を行う必要があると考えられる。
また、今回の研究では割り付けられた治療法を拒否し、もう片方の治療法を選択した患者が68人(31.8%)いた。理由のひとつは上に述べたのと同様である。また、LVA群に割り付けられたものの、やはり手術に対する恐怖心や抵抗感がある患者もおり、今後、より精度の高い研究を行うためには、患者に対して丁寧な説明を行い、理解を得ることが重要であると考えられた。
結論として、CDT単独より、LVA+CDTを行った方が有意に蜂窩織炎予防効果が高いことが示された。また、大腿内側の硬度についてはLVA群で有意に低下していた。CDTにも蜂窩織炎抑制効果があるが、CDTを行っても蜂窩織炎が抑制できない場合、LVAを積極的に行うことで、患者に利益をもたらすことができると考えられる。